価値があるレジ打ち、価値がないレジ打ちは「人」で決まる。

人が介在することのメリット・デメリットを考えよう。
 

こんにちは、「ゆう」です。

 
なぜあんなにコンビニの店員って無愛想なんですかね?
 
いや、とっても笑顔や掛け声が素敵な店員さんがいるのも確かなのですが、割合で考えると、流れ作業的に感情もなく対応される方が多いなと感じるのですね。
今回はレジ打ちに見る、仕事の価値についてお話していきます。
 

接客価値の喪失。無言対応が増えたコンビニ

 
コンビニ店員に無言で対応されること、少なくないです。
私自身が気さくなタイプではないので、欲しいものが手に入る目的さえ達成できれば、良いと言えば良いのですが、
コンビニ店員、いや、もっと言えば、「接客業」の価値を考えたらお客様が気分を悪くするような対応はナシですよね。
本部は新商品作ったり頑張っているのでしょうが、末端の店舗はマンネリ化している印象です。
 

接客態度が悪いなら、人がやる価値はない

私はずっとこう考えています。「こんなに感じが悪いなら早く自動販売機みたいにしてしまえばいいのに」と。
そして、袋詰まで全自動で行ってくれるシステムが開発されているんですよね。
スーパーにも、コンビニにも、セルフレジという自分でお会計するレジが設置され始めています。
「レジ打ち」そのものには人間がやる価値はありません。
 
 

本来人がやるから価値がある寄り添うことの欠落。

「作業」は突き詰めていけば機械のほうが速いし正確です。
接客業に求められているのはそういう作業ではなく、人と人との関わりの部分ではないでしょうか?
そこを機械のようにやってしまうなら接客業の価値はすぐに取って代わられてしまう。
 

作業は遅かれ早かれ自動化される

居酒屋や寿司屋、カラオケ店なんかはタッチパネルで注文しますよね。
注文を取りに行く手間が省けるということは人手が減っても大丈夫ということです。
私は結構合理主義なので、欲しいものが手に入るならラクな方がいいと考えます。
 

機械化されることの利便性と寂しさ

しかし、何でもかんでも自動化、機械化されてしまうと唯一寂しいと感じるのは、元気な男の子、可愛い女の子、爽やかな青年、綺麗なお姉さん、気さくなおばちゃん、頼りがいのある店長。
そんな人達の非常に心地よい接客を受けられなくなってしまうことです。
レジ打ちや注文という「作業」にはスピード、正確性、簡便性を高める以外に価値は生まれませんが、人と人とのやり取りの中には、機械では絶対に生み出せない感情に訴えるような価値があります。
 

満足を超えた感動は「期待値」を上回ったところに生まれます。

何かを買う時に、人は「これを買ったらこうなれる」というイメージを描いてから購入します。
そのイメージと悪いギャップがあれば不満を感じ、そのイメージ通りなら満足と感じます。
そして、自分が思っていた以上の良いことが起きたら、「感動」に変わります。
その期待を超える感動を生み出せるのは人間の「アイデア」のなせるワザです。
 

モノではなくコトを、体験を売るから価値が出る

モノではなくコトを売るという言葉があります。
店頭で店員さんが無愛想に販売しているのはモノそのものだけを売っていること。
物売るだけならAmazonでクリックや自動販売機と変わりません。
コトを売る。というのは「体験」を売る。ということ。そこに価値が生まれます。
 

起業家がやるべきことは「コト」を売ること

起業家として、シゴトをするということも同じです。
「モノ」つまり、あなたが持つ商品やサービス。
これが良いのは買う側にとっては「当たり前」です。
 

何を約束し、どう伝えていくのか?

「何をお約束するのか?」=「USP」を持つこと。明確であること。それは至上命題ですね。
そのうえで、「どう伝えていくのか?」=表現がとても大事なのです。
 
どんな魅力を伝えよう?
どんなキャラで伝えよう?
どんな想いを伝えよう?
どんな場所で伝えよう?
どんな言葉で伝えよう?
 
そこから「コト(体験)」という付加価値が生み出せるのです。
 
今のあなたのビジネスはどんな状態でしょうか?
無愛想なコンビニ店員のようにただモノを売るだけの期待値以下のビジネスは絶対に避けたいですよね。
 

追伸:「私の母の仕事は2020年に無くなります。」

パートタイムではないのですが、いわゆる「作業系の仕事」のため機械による自動化で人間が介在する必要がなくなるんです。
いつかは来るだろうなってわかっていたのですが、いよいよ現実味を帯びてきました。
テクノロジーの進化は確実に便利になる反面、人がやっていた仕事がなくなっていきます。
 

誰かがなんとかしてくれるという他人軸

「人の尊厳を守るために誰かが何かをしてくれるだろう。」
 「探せば何かしら仕事はある」
そんな風に言う人もいますが、本当にそうなのかな?
というよりも、自分の人生そんなに他人任せでいいの?
たとえ失敗したとしても私は、自分の人生を自分の責任で生きたい。
 

「我が生涯に一片の悔い無し」と言えない人生

全然詳しくはないのですが、北斗の拳に出てくる主人公ケンシロウの義兄であり最大の敵「ラオウ」が死に際に放った言葉
「我が生涯に一片の悔い無し」
これを死ぬ時に言えたら幸せだろうなって私は思います。
後悔しない人生は自分の決断の中にしかない!
ちなみに、母はようやくことの重大さに気付いて今新しい道を模索中です。
今度は家族のためでなく自分らしい仕事をしてくれたら嬉しいなって思っています。
 
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